2019年07月06日

源氏物語について その四十一

源氏物語第12帖「須磨」。

この当時の須磨の様子は、
現在の立派な街とはかけ離れていて、
うらぶれた漁村だったそうです。

源氏はなによりも、
紫上(成長した若紫の姫君)を、
都に残していくことが気がかりでした。
紫上は実父の兵部卿宮とも対面し、
源氏の妻として、
幸福に暮らしていることも知らせていましたが、
紫上の継母は意地悪で、
紫上が幸福になったことに、
腹を立てていました。
今回の源氏の不幸を知り、
「ほら、ごらん。あの女は大切な、
人と別れる不幸な運命をもって生まれてきたのです。
源氏の君に可愛がられて、
いい気になっていたのも束の間じゃないか」、
と悪口を言っているのです。
紫上の実父も気が小さく、
右大臣側からにらまれるのがこわいので、
源氏とは親しくしていません。
紫上はそんな実父や、
継母が恥ずかしく、
自分の親は育ててくれた源氏しかいないと思っているのです。
その源氏が分かれて遠くにいってしまうのが、
悲しくてなりません。
「どんな苦労でもしますから、
一緒に連れて行ってください」、
と紫上は泣いて頼みました。
源氏も心細くなる、
紫上の身の上が心配で、
連れて行ってしまおうかとも思いましたが、
「罪人が女を連れて行ったとなると、
物笑いの種になってしまいます」、
と言って聞かせました。
そして、[もし私がこの京に戻ることができないときは、
どんなみすぼらしい家だろうと、
あなたを呼び寄せて一緒にくらすからね」、
と約束をして紫上を慰めました。
次回に続きます。
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2019年07月02日

源氏物語について その四十

源氏物語第12帖「須磨」。

なかなかこの帖はすすみません。
というより私が頭の中で、
情景を想像しかみ砕くことが、
困難なのです。
などと言い訳がましくしております。

政治的な圧力に耐えかねた源氏は、
自ら須磨に去ることを決め、
たくさんの人たちに別れを告げました。

花散里もとても悲しみ、
源氏のことを心配しました。
他にも源氏のことを思い、
一人悲しんだ女はたくさんいたのでしょう。

藤壺の尼宮からも、
源氏を心配するお見舞いが、
人目につかないように、
こっそりとありました。

出発する日が近づいてきたので、
源氏は左大臣家にあいさつに行きました。
ここには亡き正妻葵上との息子である、
夕霧がいるのですが、
まだ幼く父親の源氏が遠くに行ってしまうことがわかりません。
亡き正妻葵上の父である左大臣や、
兄で源氏の親友でもある頭中将たちと、
昔話をしながらお別れをしました。
次回に続きます。
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2019年05月01日

気づけば4ヶ月

前回のブログを見たらなんと元旦でした。
この4ヶ月の間にいろいろありました。

これを書くことはためらいましたし、
たくさんのことはまだ書けませんが、
4月13日におばあちゃんが亡くなりました。
私にとっては夫の母なので、
姑になるのですが、
とても大好きなお母さんでした。
まだ心の整理がつかないというか、
現実を受け入れることができずにいます。

私がブログを始める前は、
「おばあちゃんの論語教室」、
というタイトルで、
おばあちゃんがブログを書いていました。
もう少し落ち着いたらたくさんの、
おばあちゃんとの思い出話を書きたいと思います。

ご父兄の皆様からお悔やみの言葉を頂戴し、
ありがとうございました。
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2019年01月01日

明けまして

おめでとうございます。
旧年中は保護者の皆様、
生徒さん方、
塾関係の皆様には、
たいへんお世話になりました。
本年もよろしくお願いいたします。
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2018年12月31日

今年もありがとうございました

2018年もあとわずかとなりました。
本年も保護者の皆様にはたいへんお世話になりました。

生徒さんたちが元気にあいさつをしてくれたり、
楽しそうに笑っているのを聞く度に、
私は皆さんから元気をもらい、
この年末を迎えることができました。

来年もよろしくお願いいたします。
よいお年をお迎えください。

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2018年12月19日

そろそろ冬期講習です

当塾は今年は12月22日、
土曜日から冬期講習が始まります。
年末年始は30日をのぞき、
講習があります。
受験生のみなさん冬休みに入っても、
夜更かしすることなく体に気をつけて、
規則正しい生活を心がけましょう。
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2018年12月13日

源氏物語についてその三十九

源氏物語第12帖「須磨(すま)」。

久々の源氏です。
あまり須磨。明石の帖は好きではないのですが、
この条を飛ばすとこの後が、
つながらなくなってしまうので、
さらぁっと書きます。

この「須磨」から源氏物語は第一部後半に入ります。
これまで登場した主要人物の中で、
源氏の母桐壺の更衣と、
父である桐壺院、
正妻である葵の上、
第4帖の夕顔、
が亡くなっています。

この帖は源氏が26才春から、
27才春までの一年間の話です。

舞台は都から須磨に代わります。
源氏の異母兄が朱雀帝となりました。
朱雀帝は心優しい性格で、
源氏を頼りにしているところもありましたが、
朱雀帝の母弘徽殿太后は、
源氏を憎んでいました。
それというのも弘徽殿太后の妹朧月夜は、
朱雀帝がもっとも愛した女性で、
いずれは女御として入内させる予定だったのに、
源氏と恋愛関係になってしまったため、
女御として入内させることを、
遠慮しなければならなくなったのです。
そのため尚侍として入内しました。
女御と尚侍では身分の差が大きいので、
女御として入内すれば将来は、
中宮・皇后になる可能性は十分ありましたが、
尚侍では絶望的だったのです。
それがもっとも大きな原因で、
弘徽殿太后は源氏をとても憎んでいたのです。

源氏は東宮を帝位につけるため、
謀反を企んでいるということにされ、
官位を取り上げられ、
流罪が決定したという噂がたっていました。
源氏はいまさら無実の罪の言い訳をしても、
聞き入れられることもないのならと、
自ら都を離れることにしたのです。

この時代の政治は律令制度でした。
律とは刑法のことで、
一番重い罰は死刑でした。
ですが、平安時代にはほとんど死刑は行われてなく、
次に重いのが流罪だったそうです。
この時代一度流罪になった者は、
二度と政治の表舞台に立つことができないのです。
そのため源氏は自ら先手を打って、
須磨に去って謹慎したのです。
そうすることでそれ以上は手が出せない、
ということと「反省していますよ」、
という意を示したことになったのでしょう。
次回に続きます。
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2018年12月10日

続続・今年も行ってきました

芋煮を食べほかほかになった私たちは、
秋保ヴィレッジに向かいました。

秋保ヴィレッジは観光農業施設で、
お茶の井ヶ田と秋保地区の農家が共同で運営しているそうです。

いつもお世話になっているおじさん夫婦にお土産を買ったのですが、
あまりにも混雑していたので、
早々に切り上げてバスに戻りました。

私たちは秋保ヴィレッジは4度目ぐらいなのですが、
いつも混雑しているとはいえ、
ここまでのことは初めてでした。

いつもはもちろん「アグリエの森」で買い物もしますが、
アグリエの森に日曜日に来ている、
ケータリングの「ノイマルクト」、
というソーセージ屋さんが目的です。
今回は別の場所でケータリングされていたそうで、
食べられなくて残念でした。
このソーセージ屋さんは私たちの地元にある、
フレンチ料理店「ボーブル」で初めて食べたとき、
「こんなにおいしいの食べたことない」となり、
休みの日にはたまに、
「ノイマルクト」に行こうと夫と出かけます。
フレンチ料理店「ボーブル」と「ノイマルクト」、
どちらも美味しくてリーズナブルです。

秋保ヴィレッジには約45分ほど滞在し、
バスは一路多賀城方面へ。
渋滞を予想していたので、
早めに秋保を出たのは正解でした。
16時前には多賀城駅に到着しました。
皆さんお疲れさまでした。
運転してくれた夫に感謝です♪


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2018年12月07日

続・今年も行ってきました

時季外れになってしまいましたが、
前回の続きです。
秋保研修旅行はさいちを出た後、
秋保ホテルクレセント森林スポーツ公園で、
芋煮会をしました。
といってももうすでに材料から鍋、
器に至るまで会場側で用意してくれているので、
手ぶらでokなのです。
会の会長さんや係の方たちが、
飲み物やおにぎりなどを持ってきてくれました。

まず、はじめに芋煮を一杯食べました。
そのときは「えぇ、一杯で足りるぅ?」と思っていたのですが、
会からもらったおにぎりを食べてみたら、
1個食べきる前に、
「お腹いっぱいだぁ」となってしまいました。
半分ぐらい食べたところで夫に、
「もう食べれないよ」と言い食べてもらいました。
それなのに「この後うどんがあります」、
と言われた私は「うどんは別腹だよね」と、
ついつい食べてしまったのです。
天気が良くて暖かだといっても、
やはり10月なので幾分肌寒い時もあり、
ほかほかになりました。
食後は秋保リゾートホテルクレセントで、
温泉に入る人たちや、
森林スポーツ公園でゆっくりする人たちと、
みなさんゆったりした気分を味わわれたようです。

この後、行程では秋保大滝に行く予定でしたが、
行かれたことのある方々から聞いたところ、
滝の下のほうまで行くのは、
健常者の方でも、
滑ってたいへんなそうなので、
急遽取り止めになりました。
ということで秋保ヴィレッジに行くことになったのでした。
次回に続きます。



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2018年11月08日

今年も行ってきました

毎年恒例になりつつある、
視覚障碍者の日帰り研修バス旅行が、
10月28日の日曜日にありました。
今年の参加人数は24名です。
私たちはバスの運転をしてくれる夫と、
私の介助をしてくれるため、
実家の母と3人で参加しました。

今年の行き先は秋保方面です。
天候はすがすがしいほどの秋晴れで、
とても暖かな一日でした。
朝8時30分に、
多賀城駅に集合している皆さんを、
迎えに行き出発です。
今回の行程は秋保リゾートホテルクレセント森林スポーツ公園で、
芋煮を食べた後秋保大滝に行き、
スーパーマーケットさいちで買い物をして帰路につく予定でした。

28日の前に下見に行った私たちは、
午後4時くらいに大渋滞にぶつかってしまいました。
これでは研修旅行の日は紅葉が見頃の時期なので、
何時間かけて帰ることになるかわからないと思い、
協会の会長に電話をしてそのことを伝えました。
ということで順番を変えて、
まずはさいちが混雑する前に、
買い物をしてしまおうということになりました。
ですが、10時前に到着したにも関わらず、
もうすでに駐車場はいっぱいで、
お店の中も大混雑だったらしいのです。
お店の臨時駐車場に一時バスを止め、
先に皆さんがお店に入りました。
夫と私はバスが止めやすくて、
お店から近いところを探してから、
お店に入ろうとバスでお店の周りをグルグルしているうちに、
みなさんが戻ってきたので、
さいちには入りませんでした。
母は混雑していても平気なほうなので、
我が家の分もおはぎを買ってきてくれないかなぁと思っていたら、
「2パック買ったから1パックあげるよ」、
とあんこのおはぎをもらいました。

秋保スーパーマーケットさいちは、
私は見たことがないのですが、
テレビで何度か紹介されているようで、
おはぎがとても有名だそうです。
お惣菜もたくさんあるそうで、
まさに主婦の店といえるのでしょうね。
次回に続きます。
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