2017年10月30日

源氏物語について その二十五

源氏物語第10帖「賢木」。

桐壺院が亡くなり、
次の帝は桐壺院と、
弘徽殿太后との間の子である、
朱雀帝に決まっていたので、
当然政治の権力も、
左大臣側(源氏や藤壺)から、
名実ともに右大臣一派へと移っていきました。
源氏側の人々は、
人事面でも昇進しないなど、
不遇の時代になっていくのです。

以前のブログの中に登場した朧月夜の君は、
弘徽殿太后の妹で、
右大臣からすると6番目の娘です。
朧月夜の君は宮中にあがっていて、
尚侍(ないしのかみ)になりました。

尚侍とは天皇のそば近く仕え、
帝の言葉を伝達したり、
臣下の言葉を帝に伝える仕事をした、
内侍司(ないしのつかさ)の長官のことです。
この時代には女御・更衣に準ずる立場で、
帝の寵愛を受けた者もあり、
朧月夜の尚侍就任も、
そのような史実によるものだそうです。

朧月夜の君は人柄が素直で明るく、
女御・更衣がたくさんいる後宮でも、
帝から格別な寵愛を受けていました。

後宮とは皇后以下の天皇の后たちを照合していう言葉。
または后たちの住む御殿をいうそうです。

弘徽殿太后が実家に帰ることが多いので、
朧月夜の君を弘徽殿に住まわせていました。
弘徽殿は清涼殿(内裏の主要な宮殿の一つで、
帝の日常の住まい)に近く、
晴れ晴れして明るいので、
朧月夜の君も派手に陽気にしていました。
ですが、内心は源氏のことが忘れられず、
いつも悲しい思いをしていました。

次回に続きます。
posted by コポ at 21:49| Comment(0) | 源氏物語

2017年10月27日

私怒ってます part2

part1の3度目から半年、
つい先日4度目がお来てしまったのです。
この頃よく行くお肉屋さんの奥さんが、
私たちに直接ではなく、
友達の恭子さんがお肉屋さんに行った時、

「あの男性はあの女性の息子さんですか?」

と、聞いたそうです。
恭子さんからそれを聞いた時は、

「もう、またか」

と思うだけでした。

しかし、またもや頭の中には、
「どうしてだ?」が繰り返されはじめ、
みんな楽しく話をしているのに、
一人悶々としていたのです。
そんな楽しい会話の雰囲気を壊すのも…
と思っていたのですが、我慢ならず、

「私そんなに年相応には見えないのかなぁ。
夫が40代半ばなら、私はどんなに若く見ても
60代ってことになるよねぇ。
落ち込むわぁ」
と言ってみたのです。
みんなは

「それはないよ〜」
とは言ってくれたのですが、

「本当にそう思ってるのかな?
誰しもがそう思ってるんじゃないの?」

なんて思うようになってきたのです。

怒りというものはよくありませんね。
夫と私の親子疑惑問題からはじまり、
なんでもないことまで疑い深く見るようになってしまって。
まさに疑心暗鬼というものですね。

今はフランスでファッションの勉強をしてきたご夫婦に、
洋服の選び方など相談中です。
posted by コポ at 21:44| Comment(0) | 日記

2017年10月23日

私怒ってます part1

今までに夫と私は何度か親子に間違われています。
夫が私の父親に間違われているのなら、
私も黙っていることを、
なぜかいつも私が夫の母親に間違われるのです。
今までに何度あったことでしょう。

一度目は約10年前、
市役所の職員の方に、
「優しい息子さんですね」、
と言われたのです。
その瞬間顔が熱くなり、
「違います、夫です」、
と怒り気味に言った覚えがあります。
そして次は、
おばあちゃんが入院したときのこと。
(おばあちゃんとは言っていますが、
夫の実の母親です)。
看護師さんが検温に来て、
おばあちゃんに向かい、
夫のことを「お孫さんですか?」
と聞いたのです。
この時は、直接私に「息子さん」と言ったわけではありませんが、
この状況から見るに、また私は母親と間違われたのだな、
とがっかり。
これが約2年前のことです。
そして次はおばあちゃんが高熱を出して、
近くの病院に行ったときです。
ここでも看護師さんから夫が、
「お孫さん」と言われたのです。
これが今年の4月の出来事でした。
ここまでくると「もういいか」
という気持ちになるものです。
と、自分を落ち着かせてみたものの、
時間が経つにつれて、

「年齢だって1才しかかわらないのに、
どういうこと?
私はそんなに年相応には見えないのだろうか?」

とじわじわと怒りがこみあげてきたのです。
そして、3度目に言われてから半年、
またもや起きてしまったのです。

次回に続きます。
posted by コポ at 20:28| Comment(0) | 日記

2017年10月20日

源氏物語について その二十四

源氏物語第10帖「賢木」。

10月になり源氏の父である桐壺院の病気が、
以前にも増して重くなり、
院は源氏の兄である朱雀帝に、
遺言をしました。

藤壺との間の子の東宮(本当は源氏と藤壺の間の子)のことを、
くれぐれもよろしく頼むといい、
源氏を院の在世中とかわらず、
困りごとがあったら大小に関わらず、
なんでも相談して、
政治の後見役にするようにと言います。

「源氏は立派にやっていけるから誰に遠慮もいらない、
世の中を治めていける相を備えている。
だからさしさわりがないように臣下にして、
朝廷の補佐役にさせようとしたのです。
この私の遺言を必ず忘れないように」

と言い残しました。
朱雀帝の母である弘徽殿太后は、
お見舞いに行こうと思いながらも、
藤壺が院の傍にずっといるのが気に入らないと言って
ぐずぐずしている間に、
桐壺院はなんの苦しみもなく、
亡くなってしまいました。

源氏は去年は正妻の葵上を、
そして今度は父をなくし、
世の中の無情さを感じ、
出家してしまおうかとさえ思うのでした。

次回に続きます。


posted by コポ at 21:43| Comment(0) | 源氏物語

2017年10月16日

寒いですね

先週ぐらいから寒い日が多くなってきましたね。
なんだか今年は「暑いわぁ」から、
一気に「寒いわぁ」となったような感じがします。
丁度いいがあったかなぁと、
この1ヶ月ぐらいを振り返ってみましたが、
数日前まで半袖だったのに、
今日はパーカーにフリースでした。

当塾は風邪気味かな?
と思われる生徒さんが多いようです。
それでも3年生のみなさんは、
休まず毎日頑張っていますが、
風邪をひいて学校を休んでしまったら、
元も子もありません。
調子を崩さないように、
気をつけてくださいね。
posted by コポ at 21:37| Comment(2) | 日記

2017年10月10日

とても後悔しています

視覚障碍者協会の会長、佐藤さんから電話がありました。
今月の末に視覚障碍者協会の、
秋の日帰り研修バス旅行があるのですが、
その行程が決まったとのこと。
夫がマイクロバスを運転してくれるので、
早めに連絡お願いしますと、言っていたのです。
さすがに紅葉の時期なので、かなり道路は混むだろうと、
紅葉スポットは避けたそうです。

会長から行程内容を聞き、集合時間等も決めて、
いつも途中お迎えに行く人がいるので、
「彼のところには、このぐらいの時間になりますかね」
と聞くと、会長から次に言われた言葉に、
ただただ驚き、何度も聞き返してしまったのです。
「彼は先月亡くなってしまったんですよ」
私は「えっ、えっ」となり、
会長は何を言ってるのかなと、
何も考えられなくなってしまいました。
その方が亡くなられた時、
会長は協会のみなさんに連絡をしていたそうで、
私の携帯にも着信があったのですが、
今すぐにかけなくても、
急ぎの用事ではないだろうと、
数日経ってからかけたのでした。

「なんで気付いた時にすぐ電話をしなかったのか」

と、悔やまれます。

その方はとても物腰が柔らかく、
いつもニコニコしている人でした。
カラオケが大好きで、
いつもは静かなのに、
歌を歌う時はとても張り切るので、
「ああ、本当に歌が好きなんだなぁ」
と思っていました。

自分が親のことなどで、
少しばかり忙しかったとしても、
なんの言い訳にもならないのだと、
本当に後悔しています。
そして、その彼のことを思うと、
なんとも言葉が出てきません。
ただただご冥福をお祈りするばかりです。


posted by コポ at 21:43| Comment(0) | 日記

2017年10月02日

穴があいちゃった

おばあちゃんを乗せて、
出かけるところがあったので、
自宅の前に車を止めて、
夫はおばあちゃんを車に乗せようと、
私もトイレに行こうと車から降りて2分、
外から「ボスッ」という音が。
「まさか・・・」とは思いながらも、
トイレから慌てて出て外にでてみると、
我が家の車が追突されていました。

右側の後ろがべっこりして、
穴があいてしまったのです。
とてもショックでした。
“言葉が出ないというのは、こんな時なのね”
と、思いながら車の傍で、呆然としていました。
事故のことを連絡してすぐに、
その現場に実家の母と兄が、来てくれたのですが、
兄が車を見て、
「これ治んのかやな」
と言っていたのが気になるところです。
まだ、どうなるのか工場に車があるので、
私たちは代車で塾に来ています。

ですが、幸いにもおばあちゃんを乗せる前だったのと、
私たちもたまたま車から降りていたので、
誰も痛い思いをしなかったことが、
せめてもの救いだったのかもしれませんね。


posted by コポ at 21:29| Comment(0) | 日記