2018年01月09日

源氏物語について その二十九

源氏物語第10帖「賢木」。

藤壺に冷たくされた源氏は、
二条の邸にこもったまま、
宮中にも東宮御所にも参内しません。
藤壺はいつもと違う源氏の態度に、
出家でもされてしまったら、
東宮のためにも困ったことになると、
不安でならないのです。
いつか嫌な噂もたち、
弘徽殿の皇太后から、
自分だけではなく東宮も、
辱めをうけることになるかもしれないと思い、
自分が出家して東宮を守らなければと、
とっさに大変な決心をしてしまったのです。

桐壺院の一周忌の法事の時期になり、
藤壺は一周忌の後の追善供養の法会で、
突然の出家を発表しました。

追善供養とは生きている人が、
亡くなった人に対して行う供養のことです。
故人の命日に法事を行い、
冥福を祈って供養することをいいます。
追善という文字が表すように、
生きている人が行う善行をもって、
亡くなった人の善行になり、
それがまた自分に戻ってくるという考え方です。
追善供養とは広い意味では毎日の供養のことで、
狭い意味では年回忌の法要をいいます。

藤壺の出家の発表に、
誰もが驚きどよめきました。
兄の兵部卿宮は思い返すようにと、
説得しているのですが藤壺の決心はかたく、
法要が終わるころ出家の式が行われました。
藤壺は髪をおろして尼僧となってしまったのです。
邸内のあちらこちらから、
すすり泣きが聞こえます。

髪をおろすということは、
お坊さんのようにつるつるになるのではなく、
尼そぎといい髪を首か肩のあたりで切りそろえることをいいます。
そんなに髪があるならいいじゃないと思いますが、
当時の貴族の女性は髪が長ければ長いほど高貴で、
その髪も美しさのひとつとされていたので、
それを切りおろすということは、
誰しもが大きなショックをうけることになったんですね。

源氏はどうしたらよいのか、
わからないほど悲しくてたまらないのですが、
あまり悲しんでいたら、
人々にあやしまれるかもしれないと、
じっとこらえているのでした。

次回に続きます。
posted by コポ at 21:12| Comment(0) | 源氏物語
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