2019年10月01日

源氏物語について その四十四

源氏物語第12帖「須磨」。

ここから舞台は京を出て、
須磨へと移ります。

京からは1日で到着する距離ですが、
その当時の須磨は侘しいところでした。

作者の紫式部がなぜ「須磨」を、
源氏の謹慎先に選んだのでしょう。
それは史実上の先例があったからだそうです。

伊勢物語の主人公として有名な在原業平の、
兄の在原行平が須磨に流されていたときに、
古今和歌集の中に行平の詠んだ歌で、
「わくらばに問ふ人あらば須磨の浦に藻塩たれつつわぶと答えへよ」、
(たまたま私がどうしているかと、
尋ねる人がいたなら、
須磨の浦で藻塩に含ませた、
水が滴り落ちるように、
涙を流しながら侘しい暮らしをしていると答えて)、
という歌があります。
源氏物語が書かれていた当時は、
古今和歌集はとても身近な存在だったため、
読者にしてみれば、
「ああ須磨。侘しいところね」、
とすぐ理解してくれたのでしょう。

このように史実がたびたび物語の中に出てきます。
紫式部はその当時の流行に敏感で、
読者の心をつかみ、
物語の中に引き込む天才なんですね。
次回に続きます。
posted by コポ at 21:15| Comment(0) | 日記
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