2018年07月30日

源氏物語について その三十八

源氏物語第11帖「花散里」

源氏は麗景殿の女御を訪れた後、
花散里のいる西向きの部屋へ、
目立たないように顔を出しました。
花散里にとっては久しぶりの上、
あまりにも美しすぎる源氏に、
つい恨めしさも忘れてしまったようです。
源氏は花散里になにやかやと、
親しみ深く優しい言葉をかけます。
その様子には嘘はないようです。

仮にも源氏と逢瀬を遂げた女たちは、
皆並みの身分ではなく、
それぞれに話が通じないということがありません。
憎々しいいざこざもなく、
源氏も相手の女も互いに心を通わせて、
過ごすのがいつものことでした。
しかし、逢瀬が途絶え途絶えになるのを、
嫌がるような女は、
何かと心変わりをするのも、
源氏は仕方のないことだと思っているのでした。
さっきの中川あたりの女も、
そんな境遇の女だったのです。

この「花散里」の帖はここで終わります。
源氏物語54帖の中で、
とても短い帖ですが、
弘徽殿太后の勢力から、
政治的な圧力が強まる中、
麗景殿の女御、花散里と、
心穏やかな人たちの登場で、
とても安心しますね。

花散里という人物は目立つ存在ではありませんが、
源氏はとても信頼して大事にします。
たとえば亡き妻葵との息子である、
夕霧を預けて後見役にします。
ですが、夕霧は成長してから、
「どうして父源氏が、
こんな美しくもない女性を寵愛しているんだろう」、
と不思議に思うところがあるのですが、
これは寂聴さんのご本によると、
第2帖「帚木(ははきぎ)」の中の、
「雨夜の品定め」にヒントがあるそうです。
源氏たちの女性批評の中に、
「顔でも身分でもなく、
心根がよければいいのだ」、
という発言がありました。
「花散里はまさにこの心根の部分で、
源氏に愛された女性なのでしょう」と。

花散里はこの後紫の上とともに、
源氏を支えていくのです。

ここまでが第一部前半となります。
私のつたない文章で、
わかりづらいところが多々あったと思いますが、
後半もぜひお付き合いください。
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2018年07月20日

源氏物語について その三十七

源氏物語第11帖「花散里」。

源氏はその後麗景殿の女御と、
妹三の君(花散里)の邸を訪れましたが、
思っていたよりも人の気配がなく、
静まり返っているのを見て、
源氏は胸がしめつけられるのです。

まず、麗景殿の女御と対面した源氏は、
月の光がこぼれる夜空をあおぎながら、
桐壺院の昔話などを、
しみじみと語り合いました。

麗景殿の女御は年配ではあるが、
柔らかな物腰で、
上品な雰囲気を持っています。
亡き父桐壺院から、
取り立てて寵愛をうけていたわけではないが、
人間としてその人柄が親しみ深く、
おっとりと優しい人だと、
院が思っていたことなどを思い出しました。
それに加えてたくさんの昔のことを思い出し、
源氏は涙ぐむのでした。

そこに、中川あたりで鳴いていたほととぎすと、
同じ鳴き声で鳴いているほととぎすがきたので、
源氏は「あれはさっき鳴いていたほととぎすだろうか。
私の後を慕って来たのであろうか?」、
と思ったりしています。

私も数か月前こんなことがありました。
栗駒山へ早朝出かけたとき、
今まで聞いたことのない鳥の声がしました。
夫と「この鳴き声の鳥はなんだろうね?」、
などと話をしたあと、
検索してみましたが、
見当がつきませんでした。
このあたりにいる野鳥なんだなと思いながら、
帰ってきて3日目の朝です。
栗駒山で鳴いていた鳥と同じ鳴き声で鳴いている鳥が。
「栗駒山から後を追ってきたのだろうか?
まるで花散里みたいだなぁ」、
となんだか嬉しい気持ちになり、
一人でニコニコしながら目を覚ましたのでした。
次回に続きます。
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2018年07月11日

源氏物語について その三十六

源氏物語第11帖「花散里」。

五月雨がしとしと降る時期、
梅雨の晴れ間に源氏は麗景殿の女御を訪れました。
しかし、本当の目的は麗景殿の女御の妹、
三の君(花散里)に会うことでした。
源氏はその途中中川あたりで、
見覚えのある邸から、
和琴の音が派手になっているので気になり、
よく見てみると一度だけ来たことがある女の家でした。
「長く訪ねていないから忘れられているかもしれないな」、
と思いながらもじっとその家を見ていると、
ほととぎすが一声鳴いて渡って行ったのです。
源氏は何か促されているように感じ、
車を引き返らせ家来の以光にさっそく手紙を持たせました。
「昔を今に引き返して、
思いをこらえることができなくなったほととぎすが、
あの頃ほのかに逢瀬をいたしました、
この家の垣根に鳴いております」、
と以光が源氏の歌を伝えると、
中では若い女房たちの声などがして、
いったい誰だろうといぶかしんでいるようです。
そのうち返歌が詠みだされました。
「ほととぎすが語りかけてくる声は、
確かに昔のあの声でございますが、
ああはっきりいたしませんねぇ、
この五月雨の空では」と。
以光はわからないふりをして、
こんなことを言うのであろうと思い、
「花散りし庭の木の葉も」で始まる古歌になぞらえ、
「ここがどこやら見間違えたかもしれませんなぁ」、
と言いながらさっさと出てしまったのです。
その家の中では女が一人、
恨めしくも残念にも思っているのでした。
源氏はこのレベルの女なら、
「筑紫の五節(ごせち)」という舞姫がよかったな、
などと他の女のことを思い出しているのです。
一度関係した女のことは、
すっかり忘れることがない源氏ですが、
かえってそれが多くの女たちの悩みの種になってしまうのです。

五節とは、
陰暦11月の新嘗祭で行われる、
四人(大嘗祭は五人)の舞姫による行事のことです。
次回に続きます。
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2018年06月20日

源氏物語について その三十五

源氏物語第11帖「花散里(はなちるさと)」。

この帖は特に何か大きな出来事があるわけでもないのですが、
私はこの帖の雰囲気がとても好きです。

この帖は第10帖「賢木」の終わりの頃と重なっていて、
橘の花が咲き、
ほととぎすが鳴いているので季節は夏です。

弘徽殿んの皇太后の勢力から、
政治的な圧力がますます強まってくるという、
緊迫した時期なのですが、
源氏は政治的な緊迫感とは別に、
女性だけはあきらめられないのです。

源氏の亡き父、桐壺帝の女御の一人に、
麗景殿(れいけいでん)の女御という人がいます。
この人には子供がなく、
桐壺帝が亡くなった後は、
頼りない身の上になっていたのですが、
源氏の好意で、かろうじて生活をしていました。
その麗景殿の女御の妹、
三の君がこの帖の「花散里」です。
この三の君と源氏は若い時代に、
少しだけ契りを結んだことがありました。
源氏の性格上、関係をたつこともなく、
まれに通っているのでした。
源氏はこのところの苦しみから、
あれこれ思い悩むうちに、
ふと三の君との契りを思い出し、
急に思いが抑えきれなくなり、
五月雨のしとしと降る頃、
珍しく晴れた梅雨の晴れ間に、
源氏は三の君を訪れました。

次回に続きます。
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2018年05月07日

源氏物語について その三十三

源氏物語第10帖「賢木」。

朝方になり嵐が止んだが、
朧月夜の御帳台から、
出るチャンスを逃してしまった朧月夜と源氏。
朧月夜の父である右大臣が、
突然几帳の中をのぞき込むと、
源氏はしどけなく横になっていて、
右大臣に見つけられてから、
今更ながら夜具で、
顔を隠してごまかそうとしています。
右大臣はあまりのことで、
あきれ果て腹もたっているのですが、
いくらなんでもこの場で、
面と向かって騒ぎ立てるわけにもいかず、
目の前が真っ暗になるような思いでした。
カッとなった右大臣は、
畳紙をつかんだまま、
荒々しい足音を立て、
弘徽殿の皇太后の所に行き、
何もかもあらいざらい話してしまいました。
弘徽殿の皇太后はもともと源氏を憎んでいるので、
まさに怒り心頭に発するといった状態なのです。

次回に続きます。
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2018年03月02日

源氏物語について その三十二

源氏物語第10帖「賢木」。

突然の雨と雷に、
朧月夜の部屋でおびえている女房たちがいるため、
偲んでやってきた源氏は、
朧月夜と御帳台から出てこれず、
朝を迎えました。
嵐が止み、朧月夜を心配した父、
右大臣がお見舞いに来ました。
右大臣は気軽に入ってきて、
御簾を引きながら、
「どうだね。昨夜は大変な天気だったので心配していたのだが、
見舞いにこれなかった。
誰か息子たちは来たかな」
と、べらべらと早口で言うので、
源氏は左大臣とひき比べてしまい、
「なんと大違いなことだ。
立ったまま怒鳴らないで、
ちゃんと部屋に入ってから、
落ち着いて話をすればいいものを」
と、苦笑をもらしてしまうのです。

朧月夜は、すっかり慌てながら御帳台からにじり出てきました。
恥ずかしさに紅潮している朧月夜の顔を見て、
右大臣は、
「まだ熱があるようだ。
もののけにとりつかれていたら、面倒なことになる。
もう少し祈祷を続けたほうがよかったかな」
と、せかせかと言います。
その時、朧月夜の着物の裾に絡みついた、
薄青い男物の帯が、
御帳台からひき出ているのを見た右大臣は、
「ややや。これはなんだ」
と、ぎょっとして周りを見ると、
何か書きつけた畳紙が、
几帳の下に落ちていたのを見つけました。
右大臣は
「これは誰のだ。
見慣れない男用の畳紙ではないか。
こちらによこしなさい。
しっかり持ち主を調べるから」
と、怒鳴りました。
朧月夜はそう言われて畳紙に気付き、
取り繕いようもなくおろおろしています。
この時代の普通の親ならこんな時は、
我が子であっても、どんなに恥ずかしい思いをしているだろうと、
思いやりと遠慮があってもいいものなのに、
無神経なうえにせっかち、
短気な右大臣は畳紙を拾うなり、
御帳台の中に首を突っ込みました。
そこには、源氏がしどけなく横たわっていたのです。

畳紙[たとうがみ]とは、
懐に入れておいて鼻紙や、
歌を書き記すために使った紙のことです。

次回に続きます。
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2018年02月22日

源氏物語について その三十一

源氏物語第10帖「賢木」。
瘧(おこり)を患っていたため宮中から、
右大臣家に里帰りしていた朧月夜。
加持祈祷を行ったおかげか、病気は落ち着き、
右大臣家の人たちもほっとしていました。

瘧とは寒気震えに続いて、
高熱を発する症状が、
1〜2日の間をおいておこる病気のことで、
主にマラリアの一種とされています。

朧月夜と源氏はこのときとばかりに、
毎夜密会を重ねていました。
朧月夜の姉で帝の母である弘徽殿の皇太后も、
右大臣家に里帰りをしています。
もし朧月夜と源氏の密会が、
弘徽殿の皇太后にばれてしまったら、
大変なことになるとわかっていながら、
危険な恋だからこそ燃えてしまうという、
源氏の悪い癖がでてしまい、
毎夜偲んで逢いに来ているのです。

そのうちに女房たちも気づいてしまったのですが、
関わるのが恐ろしいので、
誰も弘徽殿の皇太后に告げ口をしませんでした。

ある晩のこと。
突然の土砂降りの雨と、
大きな雷が鳴り皆がおびえています。
朧月夜の女房たちも怯えきっていて、
朧月夜の部屋で震えています。
この晩も一緒にいた朧月夜と源氏は、
女房たちがいるので御帳台から出ることができず、
朝を迎えました。
そんな中雷が止み雨も小降りになり、
朧月夜を心配していた父、
右大臣が急にお見舞いに来てしまったのです。

次回に続きます。
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2018年01月20日

源氏物語について その三十

源氏物語第10帖「賢木」。

藤壺の出家の式の後、
二条の邸に戻ってきた源氏は、
一人で寝ようと思っても眠れず、
自分も出家したいと思うのですが、
東宮や若紫のことが、
気がかりでできそうにないのです。
源氏の藤壺に対する、
恋心は何もかわってはいないのですが、
東宮の将来のことを思い、
出家の道を選んだ藤壺の気持ちを考え、
その恋心を胸の内にしまっているのです。

世の中は右大臣一党のものとなり、
それ以外の人たちは人でないような扱いを受けています。
源氏の亡くなった正妻の葵上の父である左大臣も、
とうとう自分から辞職を願い出て、
辞任してしまったのです。

源氏もおもしろくないので、
二条の邸にこもり、
本に読み耽ったり、
気の合う人々と音楽の遊びをしたりしています。
そんな頃、あの朧月夜が宮中から右大臣家に退室してきました。
そして事件が起きてしまうのです。

次回に続きます。
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2018年01月09日

源氏物語について その二十九

源氏物語第10帖「賢木」。

藤壺に冷たくされた源氏は、
二条の邸にこもったまま、
宮中にも東宮御所にも参内しません。
藤壺はいつもと違う源氏の態度に、
出家でもされてしまったら、
東宮のためにも困ったことになると、
不安でならないのです。
いつか嫌な噂もたち、
弘徽殿の皇太后から、
自分だけではなく東宮も、
辱めをうけることになるかもしれないと思い、
自分が出家して東宮を守らなければと、
とっさに大変な決心をしてしまったのです。

桐壺院の一周忌の法事の時期になり、
藤壺は一周忌の後の追善供養の法会で、
突然の出家を発表しました。

追善供養とは生きている人が、
亡くなった人に対して行う供養のことです。
故人の命日に法事を行い、
冥福を祈って供養することをいいます。
追善という文字が表すように、
生きている人が行う善行をもって、
亡くなった人の善行になり、
それがまた自分に戻ってくるという考え方です。
追善供養とは広い意味では毎日の供養のことで、
狭い意味では年回忌の法要をいいます。

藤壺の出家の発表に、
誰もが驚きどよめきました。
兄の兵部卿宮は思い返すようにと、
説得しているのですが藤壺の決心はかたく、
法要が終わるころ出家の式が行われました。
藤壺は髪をおろして尼僧となってしまったのです。
邸内のあちらこちらから、
すすり泣きが聞こえます。

髪をおろすということは、
お坊さんのようにつるつるになるのではなく、
尼そぎといい髪を首か肩のあたりで切りそろえることをいいます。
そんなに髪があるならいいじゃないと思いますが、
当時の貴族の女性は髪が長ければ長いほど高貴で、
その髪も美しさのひとつとされていたので、
それを切りおろすということは、
誰しもが大きなショックをうけることになったんですね。

源氏はどうしたらよいのか、
わからないほど悲しくてたまらないのですが、
あまり悲しんでいたら、
人々にあやしまれるかもしれないと、
じっとこらえているのでした。

次回に続きます。
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2017年12月05日

源氏物語について その二十八

源氏物語第10帖「賢木」。

夕方になり藤壺の容体が落ち着き、
休んでいると塗籠の中から、
こっそりと出てきた源氏が、
藤壺の背後にまわりました。

藤壺はまだ胸が苦しく、
「このまま死んでしまうのかしら」
とため息をついています。
その横顔がなまめかしく、
弱弱しく沈んでいる様子が、
いたわしくてならず、
源氏はたまらなくなり、
藤壺の裾をそっと引っ張りました。
その拍子に源氏の匂いがさっとたちこめ、
藤壺は思いがけないことに、
そのまま突っ伏しでしまったのです。
着物を脱ぎすててでも、
逃げようとしたのですが、
長い黒髪が着物と一緒に、
源氏の手に握られているのです。
源氏は興奮して気が狂ったようになり、
泣きながら自分の恋を訴えるのですが、
藤壺は、

「本当に具合が悪いので今夜は帰ってほしい。
もう何も言わないで」

と相手にしません。

また夜が明け切ってしまい、

「このままでは大変なことになります。
どうか早く引き取ってください」

と王命婦と弁がお願いしました。

源氏はこんな恥ずかしい目にあいながらも、
まだ生きているのかと藤壺に思われるのもつらいので、

「このまま死んじゃおうかなとも思うのですが、
死んでも死にきれないでしょう」

などと藤壺に言い、二条の邸に戻りました。

源氏は藤壺の冷たさを恨めしく思い、
今度は手紙もぷっつり出さなくなり、
宮中にも東宮御所にも参内しなくなったのです。

次回に続きます。
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