2018年07月11日

源氏物語について その三十六

源氏物語第11帖「花散里」。

五月雨がしとしと降る時期、
梅雨の晴れ間に源氏は麗景殿の女御を訪れました。
しかし、本当の目的は麗景殿の女御の妹、
三の君(花散里)に会うことでした。
源氏はその途中中川あたりで、
見覚えのある邸から、
和琴の音が派手になっているので気になり、
よく見てみると一度だけ来たことがある女の家でした。
「長く訪ねていないから忘れられているかもしれないな」、
と思いながらもじっとその家を見ていると、
ほととぎすが一声鳴いて渡って行ったのです。
源氏は何か促されているように感じ、
車を引き返らせ家来の以光にさっそく手紙を持たせました。
「昔を今に引き返して、
思いをこらえることができなくなったほととぎすが、
あの頃ほのかに逢瀬をいたしました、
この家の垣根に鳴いております」、
と以光が源氏の歌を伝えると、
中では若い女房たちの声などがして、
いったい誰だろうといぶかしんでいるようです。
そのうち返歌が詠みだされました。
「ほととぎすが語りかけてくる声は、
確かに昔のあの声でございますが、
ああはっきりいたしませんねぇ、
この五月雨の空では」と。
以光はわからないふりをして、
こんなことを言うのであろうと思い、
「花散りし庭の木の葉も」で始まる古歌になぞらえ、
「ここがどこやら見間違えたかもしれませんなぁ」、
と言いながらさっさと出てしまったのです。
その家の中では女が一人、
恨めしくも残念にも思っているのでした。
源氏はこのレベルの女なら、
「筑紫の五節(ごせち)」という舞姫がよかったな、
などと他の女のことを思い出しているのです。
一度関係した女のことは、
すっかり忘れることがない源氏ですが、
かえってそれが多くの女たちの悩みの種になってしまうのです。

五節とは、
陰暦11月の新嘗祭で行われる、
四人(大嘗祭は五人)の舞姫による行事のことです。
次回に続きます。
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2018年06月20日

源氏物語について その三十五

源氏物語第11帖「花散里(はなちるさと)」。

この帖は特に何か大きな出来事があるわけでもないのですが、
私はこの帖の雰囲気がとても好きです。

この帖は第10帖「賢木」の終わりの頃と重なっていて、
橘の花が咲き、
ほととぎすが鳴いているので季節は夏です。

弘徽殿んの皇太后の勢力から、
政治的な圧力がますます強まってくるという、
緊迫した時期なのですが、
源氏は政治的な緊迫感とは別に、
女性だけはあきらめられないのです。

源氏の亡き父、桐壺帝の女御の一人に、
麗景殿(れいけいでん)の女御という人がいます。
この人には子供がなく、
桐壺帝が亡くなった後は、
頼りない身の上になっていたのですが、
源氏の好意で、かろうじて生活をしていました。
その麗景殿の女御の妹、
三の君がこの帖の「花散里」です。
この三の君と源氏は若い時代に、
少しだけ契りを結んだことがありました。
源氏の性格上、関係をたつこともなく、
まれに通っているのでした。
源氏はこのところの苦しみから、
あれこれ思い悩むうちに、
ふと三の君との契りを思い出し、
急に思いが抑えきれなくなり、
五月雨のしとしと降る頃、
珍しく晴れた梅雨の晴れ間に、
源氏は三の君を訪れました。

次回に続きます。
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2018年06月08日

おかえり♪

前回燕が来ないと嘆いていた私。
なんとあのブログのあとすぐに、
やって来たのです。
向かいに大きな一戸建てのアパートができたことで、
方向がわからなくなったのかもしれないというのが、
我が家で話し合った結論でした。
夫には
「だからそんな大騒ぎしなくてもよかったのに。
ちゃんと来たじゃない」
と言われてしまい、一言もないといった感じでした。
とにもかくにも嬉しいし、
鳴いてる声がかわいくて仕方がないのですが、
この鳴き声に混ざり、カラスの鳴き声もすると、
去年の惨劇が再びおきるのではないかと、
ハラハラしてしまうのです。
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2018年05月26日

この頃の我が家

12月末におばあちゃんが退院してから、
まもなく半年になります。
とても痛そうだった褥瘡の踵のところも完治し、
今は訪問看護とヘルパーさんに来てもらい、
リハビリを頑張っているのですが、
何日ほど前からか、
また小さな褥瘡が出始めたようなのですが、
「寝るときに向きを変えたりしながら、
大きくならないようにしようね」
と、看護師さんから優しく言われていました。

実家の父は一か月ほど前、
突然39.6度の熱を出し、
救急車でかかりつけの病院へ。
インフルエンザかも知れないので、
救急室では隔離され、
熱を下げる点滴をしました。
主治医にすぐ診察してもらったのですが、
「結果が出るまでも時間がかかるし、
かなりの高熱なので、
今日はこのまま病院にいたほうがいいね」
と言われ、入院することになりました。
一週間ほどの入院でしたが、
インフルエンザではなかったようで、
今回の出来事の二週間前に、
軽い肺炎があったことも一つらしいのですが、
誤嚥性肺炎も要因の一つらしいとのことでした。

誤嚥性肺炎(ごえんせいはいえん)とは、
水や食べ物胃食道逆流物などが、
誤嚥によって肺に入ってしまい、
細菌が繁殖して炎症をおこしてしまうことだそうです。
高齢者はわずかな誤嚥が、
重篤な肺炎や呼吸器疾患につながりやすいため
周囲の人が、十分に注意してお必要があるそうです。
確かに私たちも、ちょっと器官に入っただけで、
苦しい思いをするのに、
これが高齢者だったら本当に大変なことだと思います。
みなさんのお近くに高齢者がいらっしゃる場合は、
ぜひ注意して見守ってあげてくださいね。
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2018年05月15日

源氏物語について その三十四

源氏物語第10帖「賢木」。

右大臣から何もかもあらいざらい、
聞いてしまった弘徽殿の皇太后は、

「源氏が道理に外れた人間なのは、
今に始まったことではないのです。
初めから兄である朱雀帝を軽く見てるし、
左大臣だって娘である葵の上を、
帝のお妃にと私が望んだのに、源氏の妻にしてしまったし、
朧月夜の君だって、帝のお妃に決まっていたのに、
源氏に誘惑されて、前途をめちゃめちゃにされても
今だってこんな調子です。
だいたいあなただって源氏の正妻である葵の上が死んだ後、
朧月夜を正妻にしてくれないだろうかなどと考えて、
恥をかいたではありませんか。
操をけがされた人は女御にはなれないので、
尚侍として入内させてはいるものの、
悔しいったらありゃしない。
帝の寵姫と密通するぐらいの男だから、
何を考えているかわからない。
兄の朱雀帝を早く退位させて、
東宮(藤壺の子)の世がくることを望んでいるに違いありません」

と怒りのままに言い募るのです。
これには右大臣も嫌な気持ちになり、

「ああ、この人に話すのはやめておけばよかった」

と、後悔したのです。

そこで右大臣は、
「ああ、待て待て。そうは言っても、
このことは私どもの胸にしまっておこう。
帝にも申し上げるでないぞ。
こんな罪深いことをしても、
帝は許してくれるだろうと、
それを頼みにして朧月夜は甘えているのだから。
まずはあなたから言い聞かせて、
それでも聞く耳を持たないようなら、この父が責めを負いましょう」

と、弘徽殿の皇太后を言い聞かせてみるのですが、
一向に機嫌がおさまらず、

「こんなふうに一つ邸の中に私がいるというのに、
厚かましくも入り込んで、あんなことをするというのは、
こちらを軽くみてばかにしてるのだわ。
帝のためにもこれをきっかけに、
あの源氏を早くどうにかしてしまわなければ」

と、いきり立って怒っているその顔は、
とても恐ろしいのです。

この「賢木」の帖はここで終わりになります。
六条の御息所、藤壺と、
源氏の愛した女性が次々に去って行きました。
そして物語は新しい展開を迎えることになるのです。
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2018年05月07日

源氏物語について その三十三

源氏物語第10帖「賢木」。

朝方になり嵐が止んだが、
朧月夜の御帳台から、
出るチャンスを逃してしまった朧月夜と源氏。
朧月夜の父である右大臣が、
突然几帳の中をのぞき込むと、
源氏はしどけなく横になっていて、
右大臣に見つけられてから、
今更ながら夜具で、
顔を隠してごまかそうとしています。
右大臣はあまりのことで、
あきれ果て腹もたっているのですが、
いくらなんでもこの場で、
面と向かって騒ぎ立てるわけにもいかず、
目の前が真っ暗になるような思いでした。
カッとなった右大臣は、
畳紙をつかんだまま、
荒々しい足音を立て、
弘徽殿の皇太后の所に行き、
何もかもあらいざらい話してしまいました。
弘徽殿の皇太后はもともと源氏を憎んでいるので、
まさに怒り心頭に発するといった状態なのです。

次回に続きます。
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2018年04月26日

あれから一年経ちました

毎年やって来る燕。
もう一年経ったのだなぁと思い、
今年もそろそろだと待っていたのに、
今年は待てど暮らせどその影はなく、
鳴き声も我が家から少し離れたところでしていたので、
夫に見てもらいました。

数か月前道路を挟んだ向かい側に、
一戸建てのアパートができました。
それから我が家は遠くまで見渡すことができなくなりました。
燕たちにとってもそれがとても大事なことなのでしょう。
その新しいアパートの見晴らしのよい所に、
巣を作ったようです。

「そりゃそうだよね。見晴らしいいほうがいいよね」

と、自分を納得させて、心の中で言い聞かせても、
あの鳴き声が聞こえないのは、寂しいものだなぁ・・・と
しんみりしてしまうことがあるのです。
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2018年04月18日

おひさしぶりのブログです

この1ヶ月ほど何をしていたのか?
高校受験も志望校へ全員合格し、
ほっとしたとともに、
この時期になると毎年やってくる、
中学3年生が卒業してしまう、
さみしさを感じていました。

この時期は別れと出会いの季節なんですね。
アルバイトに来てくれていた、
卒塾生の林夏子さん。
大学卒業を3月に迎え、
当塾にひさしぶりに来てくれました。
アルバイトをとても頑張ってくれていて、
私たちはとても助かりました。
新社会人になるということで、
アルバイトは3月初めで終了となりました。
やはり、またさみしい気持ちになりました。

そして、当塾を始める前からいらしたお隣さん。
ご主人の転勤で引っ越されてしまいました。
とてもよくしていただいたご家族でした。
またもやさみしい気持ちになっていました。

本当に別れの季節なんだなぁと、
落ち込んでいましたが、
塾にいつも来てくれる生徒さんたちの、
笑い声や頑張っている姿に、
元気をもらいます。

別れの季節ですが、
新生活のスタートでもあるんですね。
高校進学をしたみなさん、
お世話になったみなさん、
新しい地で元気にお過ごしください。
posted by コポ at 22:06| Comment(0) | 日記

2018年03月07日

お疲れさまでした

昨日は宮城県の公立高校の受験でした。
中学3年生の生徒さんたち、お疲れさまでした。

3月5日で中3の生徒さんたちは、
塾の最終日でした。
昨日・今日とまだ2日しかたっていないのに、
とても寂しく感じます。

まずはみなさんお疲れさまでした。
ゆっくり休んでください。
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2018年03月02日

源氏物語について その三十二

源氏物語第10帖「賢木」。

突然の雨と雷に、
朧月夜の部屋でおびえている女房たちがいるため、
偲んでやってきた源氏は、
朧月夜と御帳台から出てこれず、
朝を迎えました。
嵐が止み、朧月夜を心配した父、
右大臣がお見舞いに来ました。
右大臣は気軽に入ってきて、
御簾を引きながら、
「どうだね。昨夜は大変な天気だったので心配していたのだが、
見舞いにこれなかった。
誰か息子たちは来たかな」
と、べらべらと早口で言うので、
源氏は左大臣とひき比べてしまい、
「なんと大違いなことだ。
立ったまま怒鳴らないで、
ちゃんと部屋に入ってから、
落ち着いて話をすればいいものを」
と、苦笑をもらしてしまうのです。

朧月夜は、すっかり慌てながら御帳台からにじり出てきました。
恥ずかしさに紅潮している朧月夜の顔を見て、
右大臣は、
「まだ熱があるようだ。
もののけにとりつかれていたら、面倒なことになる。
もう少し祈祷を続けたほうがよかったかな」
と、せかせかと言います。
その時、朧月夜の着物の裾に絡みついた、
薄青い男物の帯が、
御帳台からひき出ているのを見た右大臣は、
「ややや。これはなんだ」
と、ぎょっとして周りを見ると、
何か書きつけた畳紙が、
几帳の下に落ちていたのを見つけました。
右大臣は
「これは誰のだ。
見慣れない男用の畳紙ではないか。
こちらによこしなさい。
しっかり持ち主を調べるから」
と、怒鳴りました。
朧月夜はそう言われて畳紙に気付き、
取り繕いようもなくおろおろしています。
この時代の普通の親ならこんな時は、
我が子であっても、どんなに恥ずかしい思いをしているだろうと、
思いやりと遠慮があってもいいものなのに、
無神経なうえにせっかち、
短気な右大臣は畳紙を拾うなり、
御帳台の中に首を突っ込みました。
そこには、源氏がしどけなく横たわっていたのです。

畳紙[たとうがみ]とは、
懐に入れておいて鼻紙や、
歌を書き記すために使った紙のことです。

次回に続きます。
posted by コポ at 21:37| Comment(0) | 源氏物語